「そんなわけが、ある筈ないぢやありませんか」 「ところが、あるの。大いにあるのよ。いゝこと? ほんと云ふとね、今まで、あたし、あなたぐらゐ好きになつた男のひと、ないと思つてゐたのよ。ところが、違つた意味でやつぱり、おんなじぐらゐ好きだつたひと、ないことないつていふ気がして来たの」 「それは、過去のことでせう?」 幾島は、苦いものを飲みくだすやうに云つた。 「えゝ、それやまあさうだけれど……。でも、さういふ場合、いつでも、どつかしら、いやなところとか、物足りないところとかがあつて、いよいよ向うから積極的に出て来られると、いつでも、こつちは逃げたの。逃げるはをかしいけど、つまり、それつきり、あたしの方で関心をもたなくなつてしまふのよ。それや、不思議なくらゐ、きれいさつぱり、忘れてしまへるんだから、ほんとに世話はないわ。どういふんでせう、かういふ性質は……?」 「それで、僕の場合もおんなじだつて云ふんですね?」 素子のすこし反つた上唇の燃えるやうな紅の色が、ふと翳つた。彼女は固く口を結んだからである。 「さうかなあ……僕をこんなところへ呼びだして、知りたくもないあなたの心の秘密をのぞかせたのは、いつたい誰なんだらう……?」 と、幾島は、ぶつきらぼうに云つて、部屋の中を歩きまはつた。 「それや、あなたは、ほかの誰とも違ふわ。あなたなら大丈夫だと思つたからよ。あなたは、いやなところつていふのがないわ。ほんと、それだけは。たゞ、どうにもならないことは、あなたは、あんまり……若すぎるの。張合ひがないの。かへつてあたしが草臥れるの」 「…………」 幾島は、強ひて笑はうとして、口をゆがめた。 「それに、もつと困ることは、あなたは、心の心まで都会のお坊ちやんなの。おわかりになる? あたしは、これで、なんだとお思ひになつて?」 「…………」 彼女の戯談めいた首のかしげ方を、彼はキヨトンとして眺めてゐた。 「親代々の田舎者よ」 「なんです、それや……? 卑下ですか?」 「己惚れなの」 と、彼女は、いかにも淋しさうに微笑んだ。 不労所得で脱サラを目指す元学生パチプロのブログ |
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