宮は見るより驚く遑もあらず、諸共に砂に塗れて掻抱けば、閉ぢたる眼より乱落つる涙に浸れる灰色の頬を、月の光は悲しげに彷徨ひて、迫れる息は凄く波打つ胸の響を伝ふ。宮は彼の背後より取縋り、抱緊め、撼動して、戦く声を励せば、励す声は更に戦きぬ。 「どうして、貫一さん、どうしたのよう!」 貫一は力無げに宮の手を執れり。宮は涙に汚れたる男の顔をいと懇に拭ひたり。 「吁、宮さんかうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言ふのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」 宮は挫ぐばかりに貫一に取着きて、物狂う咽入りぬ。 「そんな悲い事をいはずに、ねえ貫一さん、私も考へた事があるのだから、それは腹も立たうけれど、どうぞ堪忍して、少し辛抱してゐて下さいな。私はお肚の中には言ひたい事が沢山あるのだけれど、余り言難い事ばかりだから、口へは出さないけれど、唯一言いひたいのは、私は貴方の事は忘れはしないわ――私は生涯忘れはしないわ」 「聞きたくない! 忘れんくらゐなら何故見棄てた」風俗人妻sPicking up nails after fire |
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